さすらいおじさんさんの旅行記
テーマ:世界遺産・遺跡・秘境
旅行記タイトル:ポルトガルの旅【8】 スペインへの勝利を記念した修道院 バターリャ
旅行期間:2004/05/18〜2004/05/25

旅行記の内容:この街の名前、バターリャとはポルトガル語で「戦い」という意味だそうで、英語ならバトルになるのだろう。
リスボンから北に100キロ余りのこの街には1983年にユネスコの世界遺産に登録されたバターリャ修道院(正式名、勝利の聖母マリア修道院)がある。
1385年8月14日、バターリャ近郊のアルジュバロータに攻め入ってきたスペイン、カスティーリャ王国の大軍を迎え、ジョアン1世は聖母マリアに勝利を祈願した。
そしてジョアン1世率いるわずかな兵力のポルトガル軍はスペインの大軍を奇跡的に打ち破った。
ポルトガルの勝利はスペインから独立を守った歴史的勝利であり、ジョアン1世は神に感謝の意志を示すために1388年に修道院建立に着手した。
修道院は16世紀初頭まで、ジョアン1世から息子のドゥアルテ1世らに引き継がれ、建築家も代々引き継がれたため、ゴシック、マヌエル、ルネッサンスなどの様式が混在している。
特に簡素なゴシック様式とリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式が混在する「王の回廊」は見事な調和を見せて美しい。
「創設者の礼拝堂」にはジョアン1世と王妃、エンリケ航海王子ら、ポルトガルの英雄の墓があり石棺が安置されている。
「未完の礼拝堂」はジョアン1世の息子のドゥアルテ1世が建設開始し、約100年工事を続けたが1521年に即位したジョアン3世がジェロニモス修道院の建築に集中し、バターリャ礼拝堂の建設を引き継がなかったため、未完に終わっている。
スペイン、バルセロナのガウディが手がけ1882年から120年以上工事を続けているサグラダ・ファミリア聖堂は長期の建築で有名だが、建築に100年以上の期間を要する大建築物を見ているとその時代、時代の国力、権力者の力、経済力、権力を示す方法への思惑などを垣間見ることができて興味深い。
(写真はバターリャ修道院)
写真:この街の名前、バターリャとはポルトガル語で「戦い」という意味だそうで、英語ならバトルになるのだろう。
リスボンから北に100キロ余りのこの街には1983年にユネスコの世界遺産に登録されたバターリャ修道院(正式名、勝利の聖母マリア修道院)がある。
1385年8月14日、バターリャ近郊のアルジュバロータに攻め入ってきたスペイン、カスティーリャ王国の大軍を迎え、ジョアン1世は聖母マリアに勝利を祈願した。
そしてジョアン1世率いるわずかな兵力のポルトガル軍はスペインの大軍を奇跡的に打ち破った。
ポルトガルの勝利はスペインから独立を守った歴史的勝利であり、ジョアン1世は神に感謝の意志を示すために1388年に修道院建立に着手した。
修道院は16世紀初頭まで、ジョアン1世から息子のドゥアルテ1世らに引き継がれ、建築家も代々引き継がれたため、ゴシック、マヌエル、ルネッサンスなどの様式が混在している。
特に簡素なゴシック様式とリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式が混在する「王の回廊」は見事な調和を見せて美しい。
「創設者の礼拝堂」にはジョアン1世と王妃、エンリケ航海王子ら、ポルトガルの英雄の墓があり石棺が安置されている。
「未完の礼拝堂」はジョアン1世の息子のドゥアルテ1世が建設開始し、約100年工事を続けたが1521年に即位したジョアン3世がジェロニモス修道院の建築に集中し、バターリャ礼拝堂の建設を引き継がなかったため、未完に終わっている。
スペイン、バルセロナのガウディが手がけ1882年から120年以上工事を続けているサグラダ・ファミリア聖堂は長期の建築で有名だが、建築に100年以上の期間を要する大建築物を見ているとその時代、時代の国力、権力者の力、経済力、権力を示す方法への思惑などを垣間見ることができて興味深い。
(写真はバターリャ修道院)
バターリャ修道院前の騎馬像。

随所にリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式の影響が見られる。

簡素なゴシック様式とリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式が混在する「王の回廊」。

簡素なゴシック様式とリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式が混在する「王の回廊」。

随所にリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式の影響が見られる。

随所にリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式の影響が見られる。

随所にリスボンのジェロニモス修道院に代表される華美なマヌエル様式の影響が見られる。

「創設者の礼拝堂」にはジョアン1世と王妃、エンリケ航海王子ら、ポルトガルの英雄の墓があり石棺が安置されている。

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